【Column】ソフトウェア品質はなぜ重要なのか?<連載>

2021年8月12日

 本コラムではソフトウェアの品質についてわかりやすく重要性を説明するために、業界の著名人に執筆を依頼しております。ソフトウェア開発の中でも重要度は高くとも知る機会が少ない「ソフトウェア品質」を身近な事例をもとに著名人が解説いたします。ソフトウェア業界の職務に従事するすべての皆様にわかりやすくお伝えしますので、是非ともご一読ください。

第1弾:ソフトウェア製品の品質は評価できるか?~ソフトウェア製品の品質要求及び評価の方法~

東 基衞氏
早稲田大学名誉教授/元ISO/IEC 250nn SQuaRE (ソフトウェア品質要求および評価)シリーズ統括エディタ

はじめに

 私達が何か製品を購入するために、幾つかの候補製品からどのように選定しているのでしょうか? 例えば500円以下のお菓子やお弁当を買う場合にはそれほど考えるまでもなく、過去の経験や評判をもとに決めています。しかし自動車や情報システムのように複雑で高額な商品の評価を行う場合には高度な知識と技術が必要になります。

自動車の品質の場合

自動車は、一般の人が購入する商品の中で、最も高額な商品ではないでしょうか? その他の高額商品としては、例えば機械式高級腕時計、一眼レフカメラなど、いろいろあります。ここでは、安全性や信頼性などの製品の品質が特に問題にされる自動車を取り上げて考えてみましょう。
自動車を購入する際は、購入者はいろいろな検討項目を調べて念入りに評価し、選定していると思われます。例えば車高、車幅、全長などのサイズを調べますね。また、最寄り駅前の小さな広場では、Uターンをする際の回転半径が問題になります。このほか、安全性、信頼性、荷物の収容量、乗り心地なども重要で無視できません。これらの品質要求を定義し、評価する際の特性を品質特性といい、それらの全体及び関係を示すものを品質モデルといいます。品質特性の中には全長及び全高のように一般の自動車購入者にも容易に理解できる特性と、安全性及び信頼性のように一般の購入者には評価が不可能で、専門家の評価が必要な特性があります。

品質モデルと品質特性

これまで、日本の多様な工業製品の品質向上に大きな役割を果たしてきた日本科学技術連盟では、これまで製品品質向上のための重要な技術として、品質展開/品質機能展開(QFD)の活用を勧めてきました。QFDとは,顧客に満足が得られる設計品質を設定し,製造工程までに展開することを目的としています。ここで品質展開が品質モデルに相当します。
ソフトウェア製品に品質モデルの概念を適用したのは、多分、1976年の米国のDr. B. Boehmにより 2nd ICSE(ソフトウェア工学国際会議)に発表された論文が最初と思われます。その後筆者等が1985年2月にドイツのミュンヘンで行われたISO/IEC JTC1/SC7会議に日本の意見として提案して、その場でKJ法的な技法を適用して作成した品質モデルを原案として1991年に制定されたISO 9126 が最初のもので、その後改定されて、2001年にISO/IEC 9126-1 として発行されています。更に、当時の日本のJTC1/SC7/WG6が中心になって、2000年にスペインのマドリッドで行われたJTC1/SC7会義に提案した体系化された25000 SQuaRE シリーズは国際的に大きな成功を収めています。

定量的な品質の測定と表示

自動車の場合、全長、全高、車体重量などの仕様は、生産している企業のカタログ、仕様書を見れば、誰にでも理解できます。しかし例えば、事故を未然に防ぐための予防安全性、及び衝突をした際の乗員及び歩行者等の安全はカタログを見れば分るでしょうか?

評価機関・利用者の評判

自動車の安全性能の検査及び評価は、日本、アメリカ、ドイツなど多くの国が実施しています。
例えば日本では、国土交通省と独立行政法人 自動車事故対策機構(NASVA)が1995年から実施している「自動車アセスメント(JNCAP)」があります。2020年度は10車種の評価が行われ、安全性能評価結果が5月に発表されました。(web page による)
カメラの画像の美しさ、使い易さのように評価を行う人の個人の感覚と意見に依存する場合もあります。カメラなどを購入する場合には専門家の意見が参考になります。また、温泉旅館を予約する際には、利用者の評価も若干の参考にはなりますが、泉質の検査は専門家でなければできません。
果物の甘さなどは、糖度を測定することにより客観性を保つことはできますが、おいしさは甘さの他に酸味とのバランス、香りなども影響するので客観性を保つことは難しい・・・と言われています。

信頼できる機関の専門家による評価とマーク

自動車の衝突安全性の評価のように高額な商品を固定壁にぶつける破壊検査、魚の放射線物質含有量のような精密かつ高度な検査機による検査など一般消費者には実行不可能です。このような場合には、公的な機関が標準に基づいて審査を行い、例えばJISマークを付与して公表するのは信頼がもてます。

ソフトウェア製品の品質評価

中小企業などの多くの利用者を対象にして販売され、利用されることが多い流通ソフトウェア製品の場合も製品の購入希望者がテストを行って品質を評価することは困難です。流通ソフトウェア製品の品質モデルは、ISO/IEC 25051がSQuaRE シリーズの一つとして刊行され、ISO/IEC 25051 に基づいてSAJ(ソフトウェア協会)が、専門のソフトウェア製品評価機関を選定して審査を行い、別途専門判定委員会が最終審査を行って、合格した製品には認証マークを付与して登録を行っています。ISO/IEC 25051は同様に、フランス、アルゼンチン、マレーシア、韓国などでもソフトウェア製品の品質評価に用いて実施しています。市販のソフトウェア製品を購入して利用しようと検討している企業の皆様のお役にたてば幸いと存じます。

執筆者経歴

早稲田大学名誉教授。1975年よりISO国際標準化活動に参加,1987年より2014年末までISO/IEC/JTC1/SC7/WG6 Convener。ISO/IEC 250nn SQuaRE (ソフトウェア品質要求および評価)シリーズ統括エディタ。情報処理学会情報規格調査会委員,同元SC7専門委員会委員長,同WG6委員会主査,同JIS化委員長。ソフトウェア協会PSQ認証判定委員会委員長。

1963年早稲田大学卒,日本電気(株)入社。情報システム部門技術者、プロジェクト管理者を経て全社ソフトウェア品質向上プロジェクトを幹事として推進。同社ソフトウェア生産技術研究所ソフトウェア管理技術開発部長。

1987年日本電気(株)退社,早稲田大学理工学部教授就任。同理工学術院経営システム工学科教授。ソフトウェア工学の教育・研究に従事。理工系英語教育センターの設立に貢献し初代センター長。元英国South Bank大学,及びカナダ・モントリオール工科大学客員教授。

通産省標準化功労者表彰,日経品質管理文献賞2点,IEEE CS Golden Core Member,IEC1906賞,情報処理学会コンピュータサイエンス領域功績賞など受賞。

著書:ソフトウェアの標準化、ソフトウェア品質管理ガイドブック、事務システム標準化マニュアル、その他多数,論文多数。ICSE, COMPSAC, AQuIS, OOIS その他多くの国際会議で委員長,委員など歴任,ソフトウェア工学関連国際会議の基調講演多数。

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