「やさしい情報経済論」その27 標準をめぐる戦略

2015年5月15日

CSAJ 専務理事 前川 徹

事例:米国鉄道の軌間標準

 情報財とは無関係だが、標準化が遅れたために社会的に多大なコストを支払うことになった事例を一つ紹介しよう。

 米国の鉄道の歴史は19世紀に始まったが、当初軌間(レールの間隔、ゲージ (gauge)ともいう)に標準はなかった。サウスカロライナ州で最初に敷設されたレールの軌間が5フィートであったことから南部の鉄道では5フィートのものが多かったが、北部では主に4フィート8.5インチの軌間(現在最も普及している「標準軌」)が利用されていた。文献を調べると。1871年の時点では実に23種類の異なる軌間の線路が存在していたそうだ。

 軌間が異なれば、車両の相互乗り入れは不可能であり、乗客は列車を乗換え、貨車の荷物を積み替える必要がある。誰が考えても不経済であったが、一度敷設したレールの軌間を変更するのは多大なコストが必要であり、それぞれの鉄道会社は、他社が自社の軌間に合わせてくれることを期待し、自ら軌間を変更する会社は少なかった。また、軌間が異なる鉄道の接続駅で、貨車の荷物の積み降ろしに従事する労働者は、軌間の標準化に反対していたという。

 米国は1861年から南北戦争に突入するが、1862年に連邦議会が大陸横断鉄道の軌間を標準軌に設定したことから、北部の鉄道の軌間は標準軌に統一されることになった。

 南部も含めて米国の主要鉄道の軌間が統一されたのは1886年である。南北戦争が終結したのが1865年なので、それから20年以上の歳月が必要だったということになる。鉄道の軌間変更は徐々に進めることはできないため、2日間で1万8000kmの線路の軌間を一気に変更したと言われている。

 この事例から分かるように非互換性は偶然に生まれ、長期間続くことがある。また、標準化に加わらないと少数派になり、競争上不利になるので、標準が設定された場合、その標準に乗り換えるか、アダプターを導入するなどの方法で標準との互換性を確保する必要がある。

標準化戦争の分類

 標準化戦争は、自社およびライバル企業の新技術が、既に普及している技術と互換性があるのかどうかによって4つに分類することができる(表1参照)。

 まず、自社の新技術もライバル企業の新技術も両方とも「非互換」(既に普及している技術と互換性がない技術)である場合を「革命の競合」と呼ぶ。例としては、ビデオ・カセット・テープの「VHS方式 vs. ベータ方式」や家庭用ゲームにおける「プレイステーション vs. NINTENDO 64」が革命の競合である。

表1. 標準化戦争の分類


ライバル企業
  互換 非互換
自社 互換 進化の競合 進化vs.革命
非互換 革命vs.進化 革命の競合

(出典)カール シャピロ、ハル・R. バリアン『「ネットワーク経済」の法則
‐アトム型産業からビット型産業へ』IDGコミュニケーションズ、1999年6月

 競合する新技術のうち一方が「非互換」、もう一方が「互換」である場合の標準化戦争は「進化と革命の競合」であり、「革命vs.進化」と「進化vs.革命」に分けられる。たとえば、小型のビデオ・カセット・テープにおける「VHS-C vs. 8ミリビデオ」の場合、VHS-Cはアダプターをつけることによって当時普及していたVHS方式のビデオレコーダーで利用可能であったが、8ミリビデオはまったく互換性がなかった。

 両方が既に普及している技術と互換性のある場合が「進化の競合」である。

標準化戦争の基本戦略

 標準化戦争に勝つための最も有効な戦略は「先制攻撃」である。つまりライバル企業よりも早く新規格(新技術/新製品/新サービス)を発表し、できるだけ早く自社の市場を広げることである。情報財とその周辺ビジネスは供給側の規模の経済が働くだけでなく、需要側の規模の経済(ネットワーク外部性)が強く働く。この規模の経済を有効に活かすためには、何よりも顧客ベースの拡大を優先することが重要である。

 ただし、先制攻撃をすれば必ず勝利できるわけでもない。ビデオ・カセット・テープの「VHS方式 vs. ベータ方式」の場合、ベータ方式の方が発表は早かったが、勝利したのはVHS方式であった。市場の成熟度が低い場合には、2番手、3番手であっても勝ち残れる可能性はある。

 では、顧客ベースを拡大するための戦略を考えてみよう。参入企業が多い場合には仲間作りをするのも一つの方策である。影響力のある顧客に売り込むという手段も有効だろう。情報財の場合であれば、無料のサンプルを配布するという手もある。プラットフォーム・ビジネスの場合には、補完財を提供する企業に対して優れた補完財を提供するように働きかけることが重要である。

 さらには、顧客の期待感をコントロールするという手段も有効である。たとえば競合他社の画期的な新製品(新サービス)を普及させないために、その新製品よりも優れた製品(サービス)を開発中であると発表するという手段はよく利用される。いわゆるファントム・プロダクト(発表されたけれど姿が見えない製品)やベイパーウェア(発表はされたものの完成・公開されるかどうかわからないソフトウェアやハードウェア)である。

 仮に標準化戦争に勝利しても、油断は禁物である。新技術はいつどこから登場するか予測はできない。常にアンテナを高くして情報収集を怠らないことが重要である。また、顧客に対して将来ビジョンを示すことも重要である。未来への地図を示すことよって顧客が他社の技術や製品に乗り換えるのを防止することができる。また、プラットフォーム・ビジネスの場合、補完製品の充実によってプラットフォームの強化を図ることによって顧客をより強くロックインできる。

 一方、標準化戦争に負けた企業の戦略についても考えておこう。たとえば、AppleのMacintosh(MacOS)はWindowsとパソコンのデファクト・スタンダード争いに負けたが、熱心なMacファンやデザイナー系のユーザーに支えられて生き残ってきた。生き残りのためには、特徴を強調し、優れた機能を強化するととともに、既存の顧客との絆を強化することが必要である。また、MacOSでWindowsと同じアプリケーションソフトが使えるようにしたように、標準とのアダプターを開発するとよい。

 仮にニッチな市場を確保して生き残るのが困難な場合には、自社の規格を捨てて標準を採用した製品やサービスを提供するという道もある。実際、ベータ方式で敗北したソニーはVHS方式のVTRを製品化し、一時期はVHS方式のVTR市場で2位になっている。

 また、技術進歩の早い分野であれば、次の標準化戦争での勝利を目指すという戦略もあり得る。実際、「VHS方式 vs. ベータ方式」で負けたソニーは、懇談会方式で8ミリビデオの規格をまとめ、VHS-Cに勝利した。家庭用ゲーム機市場では、ソニーのプレイステーション、プレイステーション2に市場を奪われた任天堂が、Wiiで市場を奪回したという歴史もある。

 さて次回は、この連載の全体を振返ってまとめを行いたい。

筆者略歴

前川 徹 (まえがわ とおる)

1955年生まれ、1978年に通産省入省、 機械情報産業局情報政策企画室長、JETRO New York センター 産業用電子機器部長(兼、(社)日本電子工業振興協会ニューヨーク 駐在員)、情報処理振興事業協会(IPA)セキュリティセンター所長 (兼、技術センター所長)、早稲田大学 大学院 国際情報通信研究科 客員教授(専任)、富士通総研 経済研究所 主任研究員などを経て、2007年4月からサイバー大学 IT総合学部教授。2008年7月に社団法人コンピュータソフトウェア協会専務理事に就任。

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